医学部専門予備校 京都医塾、生物科の廣瀬です。
普段は、直接目にする機会を作ることができる生き物を通して高校生物で学習する内容に触れていくことで、教科書で学ぶ事柄を少しでも身近に感じられるように、というコンセプトで書いていますが、今回は時節柄、教科書ではなく入試問題で出題された題材について。
聖マリアンナ医科大学の2020年度入試に、指間細胞死についての実験を取り扱った問題があります。
ヒトやニワトリの発生過程で、将来指と指の間になる領域で細胞死が起き、残った部分から指が形成される、という現象は、プログラム細胞死の一例として教科書にもよく取り上げられています。しかし、このような細胞死を伴う構造形成のメカニズムがどのように出現したのかについてはほとんど知られておらず、この入試問題で扱われた「酸素濃度が高いと指間細胞死が起こる」という研究内容が発表されたのは、まだつい最近、2019年のことです。もちろんあらかじめ高校で学ぶ機会はほとんどないわけですから、入試問題では与えられた実験結果を見てその現象の原因を推測する力を問われているものと言えます。
実験では、ニワトリ胚を低酸素状態と高酸素状態で培養した際の細胞死の割合と、アフリカツメガエル胚を高酸素状態で培養した際の細胞死の割合を観察しています。するとどちらの生物でも酸素濃度が低いと指間細胞死が起こらず、酸素濃度が高いと指間細胞死が起こっているという結果が生じています。このことから、酸素濃度が高い陸上で発生が進むニワトリでは指間細胞死が起こり、酸素濃度が低い水中で発生が進むアフリカツメガエルでは指間細胞死が起こらない、つまり動物の陸上進出が指間細胞死のしくみが生じるきっかけとなったのではないか、という考察が行われているわけです。
ところで、進化の過程を辿っていくと、一度陸上に進出した四足動物の中から、再び水中に生息環境を移して適応している例が多く見られます。水中で生活する場合は移動効率を上げるために水かきの存在は必要になってきますので、一度失った水かきを容易に再獲得できることは適応に必要な条件であったと思われます。酸素濃度という環境要因だけで遺伝子の発現を変化させて形態の変化を引き起こすことができる、という現象は、適応放散のきっかけの一つになっているのかもしれませんね。
指間細胞死が起こらず水かきをもつ生物の例として、哺乳類に鰭脚類(ききゃくるい)というグループがあります。分類群としては目にあたると思っていたのですが、イヌ亜目の中の1グループ、という扱いのようです。アシカやアザラシなど、脚が鰭状になっている海生哺乳類を指します。海のない京都市にある京都水族館には、この鰭脚類のコーナーがあります。
これはミナミアメリカオットセイです。こんなに無防備で大丈夫なのか心配になってしまう寝方をしていますが…。おかげで足がよく見えますね。指の先には爪があり、その指の間が水かきになっていて、足全体が鰭状になっています。
これを駆使して、水中を高速で泳ぎ回ることができるというわけですね。写真を撮るのは非常に難しいのですけど。アシカやオットセイは主に前肢の力を利用して泳ぎます。陸でも器用に歩くことができます。
こちらはゴマフアザラシ。チューブ水槽を泳いで上がってくるのが売り、のはずです。だいたい寝ているような気もしますが。
おかげでこちらも後足の爪までよく見えます。真ん中には短いしっぽ。アザラシは主に後肢の力で泳ぎますが、後肢を陸上で前に折り曲げることができないので「歩く」ためには使えません。陸では転がっているイメージですね。
「水かき」という用語が出てくると、アヒルなどの鳥類を思い浮かべがちですが、このように哺乳類にも見られる形質です。「酸素濃度が低くてアポトーシスが起こらなかったのかも…?」なんて考えながら眺めてみるのも面白いですね。
今回のおまけ。ソーシャルディスタンスとは。