目次
関連する医療用語
・臓器移植 ・生体移植 ・拒絶反応 ・脳死移植 ・再生医療 ・臓器灌流
血液型不適合生体肺移植
移植医療の中でも、「生体移植」の領域において、今年、すばらしいニュースがありました。「血液型不適合生体肺移植手術の成功」です。
医学部附属病院においてABO血液型不適合条件下での生体肺移植を行いました
医学部附属病院では、2月16日に、ABO血液型不適合条件下での生体肺移植を行いました。ABO血液型不適合条件下での生体移植手術は、これまで腎移植や肝臓移植で実施されていましたが、肺移植については実現しておらず、本手術は世界で初めての術例となりました。
執刀医は、同院呼吸器外科の伊達洋至 教授と主治医の中島大輔 講師で、心臓血管外科、麻酔科、手術部、臨床工学技士など約30名のスタッフが協力して手術を実施しました。患者およびドナーともに経過は順調で、4月11日に自宅退院となりました。
京都大学HP https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news/2022-04-12
そもそも「臓器移植」とは、大きく「脳死移植」と「生体移植」に分けられます。
生きたドナー=臓器提供者から臓器(の一部)を摘出し、レシピエント=移植希望者に移植する「生体移植」については、政治家の河野太郎氏が父親の河野洋平氏に肝臓の一部を提供したことがよく知られていますね。
移植者の声 河野太郎さん政治家/生体肝移植ドナー(2002年)
生体肝移植を振り返って
2002年4月16日に、父、河野洋平の生体肝移植のドナーになって、はやくも12年がたちました。あの年に生まれた一人息子の一平も、小学校6年生になりました。父も元気に生きています。
父は、毎日、免疫抑制剤を飲みながらも、移植手術後今日まで一度も痛みも感じないと強がっています。一方、私のほうは、ドナーになった後遺症が今でも残っています。一番深刻なのは、切って縫い合わせた腹筋が今でもよくつることです。靴の紐を縛ったり、足の爪を切ったり、地下鉄の中で変な格好に押されたりしたときに、腹筋がこむら返りのようになります。食べる量も減りました。しかし、おかげさまで私の肝機能は全く問題ありません。
日本移植学会HP http://www.asas.or.jp/jst/general/voice/data1.php
今回は、生体肺移植。しかも、より厳しい条件となる、ABO式血液型が不適合のケースでした。
ニュースの概要
2022年(令和4年)2月16日、京都大学附属病院にてABO血液型不適合生体肺移植が実施され、手術は成功し、患者の経過も良好です。患者は10代の女性で、閉塞性細気管支炎を発症しており、2021年9月から人工呼吸器が必要な状態となり、生体肺移植以外には救命できない状況でした。ドナー(臓器提供者)は両親ですが、父親の血液型がB型であり、患者の血液型O型と適合せず、従来の手術では拒絶反応が出ることが予想されました。
どのように手術を成功させたか
生体肺移植手術の3週間前から「リツキシマブ」という薬を患者に投与し、O型の血清中にあり、B型である父親の肺を攻撃する「抗B体」を取り除きました。
手術の意義
生体移植の可能性を広げたこと
従来から、生体肺移植は行われており、日本では肺移植の約30%が生体肺移植として行われてきました。また、ABO式血液型不適合移植については、腎移植、肝移植において、日常医療としておこなわれています。
ABO血液型不適合生体肺移植は世界で初めての実施例です。日本では脳死ドナー不足が顕著であるため、目下の提供臓器不足という問題を解決する上で、生体移植の可能範囲を広げることには大きな意義があります。血液不適合によって生体肺移植を断念せざるを得なかった患者及び家族にとっての希望となるでしょう。
臓器移植の課題
生体移植の可能性が広がったことは大変に喜ばしいことですが…脳死肺移植の待機中の患者死亡率は40%を超えています。脳死下臓器提供件数を伸ばす必要があります。
脳死移植件数
現移植希望登録者数は、心臓だけでも921人です(2022/6/30 日本臓器移植ネットワーク)。2022年度の6月までの移植件数は、全臓器を合わせて211件です(うち腎臓単独が77件を占める)。圧倒的に移植臓器が不足している現状がうかがえます。
2019年における臓器提供者数は125例まで増加し、臓器移植者数も480例となりましたが、2020年は新型コロナウイルス感染症流行の影響により提供者数は77例(脳死下68例、心停止下9例)まで減少し、臓器移植者数は318例でした。臓器提供件数はあまり変わらないため、移植件数が移植希望者の登録数の増加に追い付いていないのが現状です。
参考:日本移植学会HP http://www.asas.or.jp/jst/general/number/
臓器提供体制
また、脳死判定の難しさなどから、家族の臓器提供意思があるにもかかわらず、臓器提供ができない例も少なくありません。
脳死などで家族が臓器提供を申し出たにもかかわらず、医療施設側の問題で臓器移植できなかったケースが平成29年までの5年間で13件あることが、日本臓器移植ネットワークの調べで分かった。28日で脳死の臓器移植が法の下で実施されてから丸20年。臓器の提供施設は約900あるが、20年間の計約600人の提供事例のうち、2割が12施設に集中していた。
「臓器提供を「断念」13件 医療側の問題浮き彫り」 産経新聞 2019/2/23 19:12 https://www.sankei.com/article/20190223-KLXLNQJISNKEXOXCRGHOLSZBEA/
移植医療の今後
再生医療
「移植臓器の慢性的な不足」「拒絶反応」という、移植医療に宿命的に付随する2つの問題を解決しうる意味で、「再生医療」が注目されています。
「再生医療」の究極的な形は、iPS細胞などの万能細胞による、患者臓器の再現・複製といえるでしょう。しかしながら、現在の技術では、臓器の作成というところまでは目途が立っておらず、遠い目標であるのが現実です。
近年では、ブタなどの動物に人間の臓器を作らせる研究が進められています。いわゆるキメラ動物ですが、やり方によっては倫理的問題が生じる方法ですので、適切な対応が求められます。
臓器灌流
近年注目を集めている技術が「臓器灌流」です。心停止や脳死状態になったドナーの臓器は血流の循環が停止すると機能が劣化しますが、機械的に特別な液体を灌流することで機能を蘇生させ、移植用臓器として活用する試みです。従来であれば移植に不適であったはずの臓器が、利用可能になるわけです。将来的には、心停止のドナーからも幅広く臓器提供が可能になり、臓器移植がより一般的になる、そんな未来が来るかもしれませんね。