京都医塾では、医師を目指す塾生たちに読んでもらいたい良書をライブラリに収め、塾生が自由に読めるようにしています。
今日はそのライブラリから私の好きな一冊をご紹介します。
ご存知、外山滋比古先生の『思考の整理学』です。
文庫本の帯曰く「刊行から34年124刷253万部突破 東大・京大で一番読まれた本として有名な代表作」
もう、この時点で高まりますね。机の上にポンと置いておくだけで偏差値が5は上がりそうです(笑)
かくいう私もこの帯にまんまと釣られて本書を買った口です。
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さて、何とも難しそうなタイトルに見えますが、実はこの『思考の整理学』、一部の小中学生にも読まれているのです。東大・京大で一番読まれた本を小中学生が読めるのかと思われるかもしれませんが、何を隠そう中学入試や高校入試にもよく出題されているのです。
私立医学部入試に限って言っても、獨協医科大学(2021年)、北里大学(2021年)で出題が見られます。
そして、この『思考の整理学』で最も有名な章が「グライダー」でしょう。以下、一部本文を引用します。
「ところで、学校の生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強する。 自学自習 ということば こそあるけれども、独力で知識を得るのではない。いわばグライダーのようなものだ。 自力では飛び上がることはできない。
(外山, 2020, p. 11)
グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音 もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。 ただ、悲しいかな、 自力で飛ぶことができない。」
「学校はグライダー人間の訓練所である。 飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、 エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられる ままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。 勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。
(外山, 2020, p. 13)
人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。 グラ イダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。何も知らないで、独力 で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行機能力はまるでなし、という“優秀“な人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる“という評価を受 けているのである。」
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入試問題は学校から受験生へのメッセージと言われています。
上の引用部分を読むだけでも、学校がどういう受験生を求めているか、どういう人間になってほしいかがはっきりと示されていると思いませんか。
受動的に学習する力も大事ですが、同様に自分で発明・発見する力も大事なのです。これは何もエジソンのような発明家になれと言っているのではありません。自分から学ぶ、自分で考えることの重要性を説いていると考えられます。
私は、この『思考の整理学』を恥ずかしながら大学を卒業して何年か経ってからたまたま読んだのですが、心底後悔しました。
「もっと早くにこの本を読んでいれば……」
グライダー能力ばかり鍛えた高校生までの私は、飛行機能力が求められる大学の勉強に戸惑った覚えがあります。
ただ、大学での教育システムにもおおいに問題があったのも事実で、グライダー能力だけをはかるような試験に合格しないと単位がとれない講義が多かったのは残念でなりません。そして、自分で勉強しようと思っても学部生は図書館の書庫に入れないという残念なルール。文学部の勉強には本が不可欠です。しかし、その本を自由に閲覧できない母校。飛行機能力を育てる気がないのでしょうか……
もちろん、母校の古代史のN教授は、「この本に沿って講義を行いますが、読めばわかる話ですから、授業に出ずとも自分で本を理解しレポートを提出してくれれば、単位は出します」とおっしゃっており、飛行機能力が大切であることを暗に示してくれていましたが、当時の私はそんなことに全く気付かず。
飛行機能力が求められる卒業論文で大苦戦した苦い記憶が……
飛行機能力の重要性に大学生のころに気付けていたら、もっと4年間を有効に使えたのではないかと、今でも思えてなりません。
しかし、改めて考えてみると飛行機能力は大学生から必要になるものではありませんね。小中学生から鍛えておいて何もおかしいことはありません。だから、中学入試の国語でも扱われるのでしょう。
しかし、『思考の整理学』には次のようにもあるので、皮肉なものです。
「学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。 学校教育が整備されてきたということは、ますますグライダー人間をふやす結果になった。お互いに似たようなグライダー人間になると、グライダーの欠点を忘れてしまう。知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。」
(外山, 2020, p. 13~14)
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この『思考の整理学』30年以上前に刊行されたものにも関わらず、現代にも通じることが書かれています。
「指導者がいて、目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれ ども、新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。それを学校教育はむしろ抑圧して きた急にそれをのばそうとすれば、さまざまな困難がともなう。 他方、現代は情報の社会である。 グライダー人間をすっかりやめてしまうわけにも行かないそれなら、グライダーにエンジンを搭載するにはどうしたらいいのか。 学校も社会もそれを考える必要がある。 この本では、グライダー兼飛行機のような人間となるには、どういうことを心掛ければよいかを考えたい。 グライダー専業では安心していられないのは、コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主があらわれたからである。 自分で翔べない人間はコンピューターに仕 事をうばわれる。」
(外山, 2020, p. 15)
著者のいうコンピューターは、今でいうところのAI以外の何物でもないでしょう。世代を選ばず、時代も選ばず。これを名著として言わず何と言えばいいのでしょう。
こういう良書を入試問題として選んでくれた問題作成者のセンスには脱帽するしかありませんね。
仕事柄、多くの入試問題に触れる機会があるのですが、仕事をしながら多くの良書に出会える国語科講師は幸せ者です。おかげで、今日もまた本を買ってしまい積読が増えてしまいました。